災害時、電子カルテ停止!現場スタッフのための患者情報アクセスと診療継続の代替手段
災害発生時の電子カルテ停止に備える:現場視点での対応策
医療機関において電子カルテシステムは、日々の診療において不可欠な基盤です。しかし、大規模な災害が発生した場合、電力供給の停止、ネットワーク障害、あるいはシステム本体の破損などにより、電子カルテが利用できなくなる事態も想定されます。このような状況下でも患者さんの命を守り、診療を継続するための事業継続計画(BCP)は極めて重要です。
本記事では、電子カルテが停止した際に、現場の医師やスタッフの皆様がどのように患者情報にアクセスし、診療を継続していくべきか、具体的な代替手段とオペレーションに焦点を当てて解説いたします。技術的な詳細よりも、現場で何が起こり、どのように対応するのか、実践的な視点から理解を深めていただければ幸いです。
災害時に電子カルテが利用できなくなる状況を理解する
まず、電子カルテが利用できない状況がどのようなものか、想定されるケースを把握することが、適切な対策を講じる第一歩となります。
- 完全なシステム停止: 地震や水害によりサーバーやデータセンターが物理的に損傷し、電子カルテシステム全体が稼働不能となるケースです。すべての情報へのアクセスが不可能になります。
- ネットワーク障害による接続不良: サーバー自体は稼働していても、院内のネットワークケーブルが切断されたり、通信機器が故障したりすることで、端末から電子カルテに接続できなくなるケースです。
- データの一部破損や不整合: 停電からの復旧時などに、データが部分的に破損したり、整合性がとれなくなったりするケースです。この場合、一部の機能は使えるものの、重要な情報が欠損している可能性があります。
これらの状況に応じて、現場での対応も変化します。BCPでは、それぞれの状況下で、いかに速やかに患者ケアを継続し、必要な情報にアクセスできるかを計画します。
患者情報アクセスの代替手段と具体的なオペレーション
電子カルテが停止した場合でも、患者さんの安全を確保し、適切な医療を提供するためには、迅速な情報アクセスが不可欠です。
1. バックアップデータの活用と紙運用への移行
最も基本的な代替手段は、事前に準備されたバックアップデータを利用することです。
- 緊急用ビューアの利用: 電子カルテシステムによっては、災害時用に簡易的な患者情報閲覧システム(ビューア)が用意されている場合があります。これは、通常の電子カルテが停止しても、独立したPCやタブレットで直近の患者情報を参照できる仕組みです。あらかじめ主要な情報を定期的にエクスポートし、オフライン環境で閲覧できるよう準備されていることが望ましいです。
- 紙カルテ・サマリーの活用: 全ての患者情報を印刷しておくことは現実的ではありませんが、入院患者さんの直近の診療情報(アレルギー情報、既往歴、現在の処方内容、直近の検査結果など)をまとめた「緊急用サマリー」を定期的に出力し、紙媒体で保管しておくことは非常に有効です。また、外来患者さんについても、最低限必要な情報(氏名、生年月日、アレルギー、内服薬など)が記載された簡易カルテを用意しておくと良いでしょう。
- 手書きカルテへの移行: 電子カルテが停止した場合は、一時的に手書きのカルテ運用に切り替えることになります。この際、どのような様式の用紙を使用し、どのような情報を記録するかを事前に定めておくことが重要です。記載漏れを防ぎ、後から電子カルテへデータを戻しやすくするためにも、簡潔で統一されたフォーマットが求められます。
2. 緊急時の情報共有方法
電子カルテによる情報共有ができない状況では、別の手段を確立する必要があります。
- 連絡網の整備と周知: 各部門や担当者間の緊急連絡網を整備し、災害時に誰が誰に情報を伝達するのかを明確にしておくことが重要です。電話回線が不通の場合に備え、衛星電話や簡易無線、安否確認システムなど、複数の連絡手段を検討してください。
- ホワイトボードや共有掲示板の活用: 入院患者さんの状態や緊急対応が必要な情報を、各病棟のスタッフステーションや中央処置室などに設置されたホワイトボードや掲示板に記載し、リアルタイムで共有します。特に、感染症患者さんの情報や、対応に注意が必要な患者さんの情報を明示することが求められます。
- 口頭伝達と重複確認: 口頭での情報伝達は誤解を招く可能性もあるため、特に重要な情報については、必ず復唱による確認を徹底します。伝達内容を簡易メモに記録することも有効です。
3. 診療継続のための代替オペレーション
電子カルテがない状況でも、診療行為自体は継続する必要があります。
- 診察・処方・検査の記録方法: 手書きのカルテ用紙や、事前に用意された定型フォームを使用します。処方箋や検査依頼書についても、手書きで対応できる様式を準備しておく必要があります。薬剤部や検査部門との連携方法も、電子カルテ停止時を想定して検討しておくことが求められます。
- 入退院・手術管理の代替: 入退院の受付、病床管理、手術室のスケジュール調整なども、手書きの台帳やホワイトボードを併用して行います。患者さんの氏名、年齢、性別、病名、入退院日などの基本的な情報を正確に記録し、混乱を避けるための手順を確立します。
- 医薬品・医療材料の管理: 災害時には医薬品や医療材料の供給が滞る可能性もあります。在庫状況の把握や、緊急時の優先順位付け、近隣医療機関との連携による融通なども検討しておく必要があります。
現場スタッフの負担軽減と計画策定への参加
災害時は、ただでさえ精神的・肉体的な負担が大きい状況です。そのような中で、電子カルテの代替運用という通常とは異なる業務が加わることで、現場スタッフの負担は一層増大します。BCPは、この負担を最小限に抑え、効率的な業務継続を支援するものでなければなりません。
1. 各部門・個人の役割明確化
BCPにおいて、災害発生時に誰がどのような役割を担い、どのような責任を持つのかを明確に定義しておくことが重要です。診療部、看護部、薬剤部、検査部、事務部など、各部門の役割分担を具体的に定め、個人レベルでの行動指針を示すことで、混乱を防ぎ、迅速な対応を可能にします。
2. 定期的な訓練と演習の重要性
机上での計画だけでは、いざという時にスムーズに実行することは困難です。定期的な訓練やシミュレーション演習を繰り返し行うことで、計画の実効性を高め、現場スタッフの習熟度を向上させることができます。
- シナリオ訓練: 電子カルテが完全に停止した状況を想定し、実際に手書きカルテの記入、緊急サマリーの参照、部門間の情報共有などを体験する訓練を行います。
- 役割訓練: 各自が災害時の役割を実際に演じ、連携を確認します。
- 評価と改善: 訓練後には必ず評価を行い、計画の不備や改善点を洗い出し、BCPを継続的に見直すことが重要です。
3. 心理的負担への配慮
災害時のストレスは計り知れません。BCPには、医療従事者の心のケアに関する項目も盛り込むべきです。緊急時の相談窓口の設置や、休息時間の確保、情報共有による不安の軽減など、精神的なサポート体制も検討してください。
BCP策定への現場の意見反映
効果的なBCPを策定するためには、実際に現場で電子カルテを日常的に利用している医師やスタッフの皆様からの意見や経験を反映させることが不可欠です。机上の空論ではない、現実的で実行可能な計画であるためには、現場の視点からのフィードバックが欠かせません。
定期的なBCP検討会議やワークショップを開催し、現場からの提案や懸念を積極的に吸い上げてください。特に、日々の業務で「ここが不便だ」「もしもの時はどうするのだろう」と感じている点こそが、BCPにおける重要な改善点や考慮すべき事項となることがあります。
まとめ
電子カルテは医療の質と効率を高める強力なツールですが、災害時の停止リスクを常に念頭に置き、適切なBCPを策定・運用することが、医療機関の重要な責務です。本記事でご紹介した患者情報アクセスや診療継続のための代替手段、そして現場スタッフの負担軽減策は、皆様が災害時にも安心して患者ケアを提供し続けるための「備え」となります。
BCPは一度作って終わりではありません。技術の進化や組織体制の変化、そして何よりも訓練を通じて得られる知見を反映させながら、常に最新の状態に保ち、実効性を高めていくことが求められます。現場の皆様が主体的にBCPに関与し、日頃から「もしも」の事態に備えることが、地域医療を守る力となるでしょう。