電子カルテ災害時、現場で慌てない!初動対応と診療継続のための切り替え手順
大規模な災害が発生した際、医療機関にとって電子カルテシステムの停止は、診療継続において非常に大きな課題となります。日頃から電子カルテを使い慣れている現場の医師やスタッフの皆様にとって、突然システムが使えなくなる状況は、大きな不安や混乱を招く可能性があります。しかし、適切な災害復旧計画(BCP)が策定され、その内容が現場に浸透していれば、いざという時にも冷静に対応し、患者ケアを継続することが可能になります。
このページでは、災害時に電子カルテが停止した際、現場の皆様が「最初に何をすべきか」、そして「どのように診療を継続していくか」という具体的な初動対応と、代替手段への切り替え手順に焦点を当てて解説します。技術的な詳細よりも、現場のオペレーションの変化や、実際に手を動かす際のポイントを重視し、医療機関特有の事情も踏まえた実践的な情報を提供いたします。
災害発生!その時、現場で最初にすべきこと(初動対応のフェーズ)
電子カルテシステムが停止したことを察知した際、現場の皆様がまず行うべきことは、状況の正確な把握と情報共有です。
1. 状況の確認と報告
- システム障害の判断: 電子カルテへのアクセスができない、動作が著しく遅いなど、異常を察知した際には、まずそれが自身の端末やネットワークの問題か、システム全体の問題かを切り分けます。周辺の同僚も同様の状況か確認し、電子カルテ以外のシステム(例:PACS、オーダリングシステム)も影響を受けているかを確認することが重要です。
- システム担当への連絡: 状況を把握次第、速やかに院内のシステム担当部署またはBCP責任者(指揮命令系統の明確化が重要です)へ報告します。この際、いつから、どのような状況で、どの範囲(特定の部署だけか、全院か)で障害が発生しているのかを具体的に伝えるようにします。
2. 院内での情報共有と指揮系統の確立
- 患者安否と状況把握: システムの状況と並行して、患者様の安全を最優先に考え、病棟や外来、手術室など各現場での患者様の状況、特に緊急性の高い患者様の有無を確認します。
- 全体への周知: 院内全体で情報が錯綜しないよう、BCP責任者または災害対策本部から、電子カルテが使用できない状況であること、および今後の指示を迅速に周知します。この際、院内放送、伝言、災害時連絡網など、複数の手段を用いることが推奨されます。
- 代替通信手段の確認: 院内PHS、無線機、固定電話、非常用電話など、電子カルテに依存しない通信手段が利用可能か確認し、情報共有のラインを確保します。
3. BCP発動基準の理解
- 「どのような状況で、誰が、電子カルテのBCP発動を判断するのか」を事前に理解しておくことは非常に重要です。システム障害のレベルや継続時間に応じて、BCPが「発動準備段階」なのか「本格発動」なのかが決定され、その後の現場の対応内容が大きく変わるためです。
電子カルテ停止時の診療継続:代替手段への具体的な切り替え手順
BCPが発動された場合、現場の皆様は電子カルテに代わる手段で診療を継続する必要があります。ここでは、具体的な切り替え手順と運用のポイントを解説します。
1. 患者情報の確保と参照
電子カルテが停止しても、患者様の正確な情報なしには適切な診療はできません。 * 緊急時出力シートの活用: 事前に準備されている、患者氏名、生年月日、アレルギー情報、既往歴、現在の処方内容など、診療継続に最低限必要な情報が記載された「緊急時出力シート」を速やかに参照します。これらのシートは、各部署や病棟の定位置に保管されており、すぐに取り出せる状態にしておくことが重要です。 * オフライン端末・バックアップシステムの利用: 一部のシステムでは、電子カルテのオフライン版やバックアップシステムが導入されている場合があります。これは、最新の患者情報ではない可能性がありますが、過去の情報や参照可能な範囲の情報源として活用します。利用方法については、事前に訓練しておくことが不可欠です。 * 手書きカルテ用紙への移行: 新たな診療記録は、あらかじめ準備されている「災害時用手書きカルテ用紙」に記載します。用紙には、患者ID、氏名、日付、担当医名などの基本情報と、診察内容、処方、指示、看護記録などを記載する欄が設けられています。
2. オーダー発行と実施記録
検査や薬剤のオーダー、処置の指示なども、通常とは異なる方法で行う必要があります。 * 口頭指示と復唱: 緊急時には口頭での指示が多くなりますが、必ず相手に復唱させ、誤認を防ぐための徹底したコミュニケーションルールを適用します。 * 手書き指示書の使用: 口頭指示の後、または時間的余裕がある場合には、手書きの指示書(例:処方箋、検査依頼票)を作成し、必ず担当者間で内容を確認・署名します。薬剤部や検査部門への提出方法も、災害時用の手順に従います。 * 記録の徹底: 実施された処方、検査、処置、看護ケアなどは、すべて手書きカルテ用紙に日時とともに詳細に記録します。後日の電子カルテへの入力を見越し、判読可能な文字で明確に記載することが求められます。
3. 情報共有の継続
電子カルテがない状況でも、部署間、職種間の情報共有は円滑に行う必要があります。 * 災害時専用ホワイトボード: 各病棟や外来に設置された災害時専用のホワイトボードには、入院患者の緊急度、転棟・転院情報、各部署の対応状況などを簡潔に記載し、リアルタイムでの情報共有に活用します。 * 巡回・口頭での情報伝達: 定期的な巡回や、スタッフ間の直接の口頭伝達を増やすことで、情報共有の密度を高めます。重要な情報は、必ず複数人で確認し合う習慣をつけます。 * 緊急連絡網の活用: 患者様の容態急変など緊急性の高い情報については、事前に定めた緊急連絡網を活用し、関係部署や医師に迅速に伝達します。
4. 診察室・病棟での具体的な対応
- 患者識別方法の徹底: 電子カルテのバーコードリーダーが使えない場合でも、患者様の誤認を防ぐため、ネームバンドの目視確認や、患者様ご本人による氏名の確認を徹底します。
- 緊急性の高い患者への優先対応: 災害時は通常時よりも医療資源が限られるため、トリアージに基づき、緊急性の高い患者様への対応を優先します。
現場スタッフの負担を軽減するために
災害時の電子カルテ停止は、現場スタッフにとって身体的、精神的に大きな負担となります。この負担を軽減し、持続可能な診療体制を維持するためには、以下の点に留意することが重要です。
- 役割分担の明確化: 誰が、いつ、どのような役割を担うのかを事前に明確にし、それぞれの責任範囲を周知しておくことで、混乱を避け、効率的な行動を促します。
- 代替ツールの単純化と標準化: 手書きカルテ用紙や緊急時出力シート、情報共有用のホワイトボードなど、使用する代替ツールは極力シンプルで、誰もが迷わず使えるよう標準化しておくことが望ましいです。
- 定期的な訓練と振り返り: 机上訓練だけでなく、実際に手書きカルテを記載したり、代替通信手段を使ったりする実践的な訓練を定期的に行います。訓練後には必ず振り返りを行い、改善点を見つけてBCPを更新していくことが、現場の習熟度を高めます。
- 心のケアへの配慮: 長期化する災害対応の中で、スタッフの心身の疲弊は避けられません。休憩時間の確保、情報共有による不安軽減、必要に応じたメンタルヘルスサポートなど、スタッフの心のケアにも配慮した計画が求められます。
BCP策定プロセスへの現場の関わり方
電子カルテのBCPは、システム部門だけでなく、実際に電子カルテを利用する現場の皆様の声が反映されてこそ、真に機能する計画となります。 現場の視点からの意見は、机上の理論では見落とされがちな実践的な課題や改善点を発見し、より実用的な計画へと導きます。例えば、「この情報は緊急時に必ず必要だが、緊急時出力シートには載っていない」「この手順では、実際に患者対応しながら行うのは難しい」といった具体的なフィードバックは、計画の実効性を高める上で不可欠です。
まとめ
電子カルテが停止する災害時においても、患者ケアを継続し、命を守る医療機関としての役割を果たすためには、BCPの策定と運用が不可欠です。特に、災害発生時の初動対応と、電子カルテから代替手段へのスムーズな切り替え手順を現場の皆様が熟知していることが、混乱を最小限に抑え、冷静な判断と行動を可能にする鍵となります。
この情報が、皆様の医療機関における電子カルテBCPの理解と、より実践的な準備の一助となれば幸いです。日常的な準備と訓練を通じて、いざという時にも「慌てず、着実に」対応できる体制を築いていきましょう。